前回は古代のお話をしたので、今回は近代のお話を。

3.民主主義空白期


古代ローマの時代が終わると、ヨーロッパ世界は中世と呼ばれる時代に突入しました。

中世というのは、貴族そして宗教勢力が力を持ち、その象徴として土地を持つという封建体制が基本です。一般の人たちは土地にしばられ、あくせく働き日本風に言えば年貢を納めていました。当時は国という概念が存在せず、よって政治と言ってもその土地内の話で終わっていることが多かったです。もちろん貴族は自分の勢力拡大のため、色々やっていましたが、それと庶民はリンクしていませんでした。

しかし、ペストの流行などによる社会の変動を経て、貴族の中でも特に強い力を持つ勢力が「国王」として君臨するようになりました。これを「絶対君主制」と呼び、中世は終わりを告げていったのです。

4.反絶対君主から民主主義へ


この時期になると国によって事情が大きく異なります。今回は代表的な動きのあった「イギリス」と「フランス」を見てみます。

【イギリス】
イギリスの民主主義の発展は、以下のような対立で進んで行きました。

大きな流れとしては、国王VS貴族(反絶対君主)から貴族VS非貴族(民主主義)であり、現在もその流れにあります。もっとも貴族院はかなり力を弱められており、名誉職的な存在ではありますが、貴族院が「おかしいんじゃね?」という指摘はそれなりの影響力を持っているようです。

イギリスはこのように自らの手で権力をもぎ取ってきた歴史があり、プライドもあるのだと思います。したがって、明文化された憲法が無くてもしっかりと運営が出来ているのですね。

【フランス】
フランスはまったく違うプロセスをたどります。

当初は国王&特権階級VSそれ以外(反絶対君主)でしたが、フランス革命の途中から変質して、資本家/農民VS労働者になります(市民同士の対立です)。また、革命中に一度王政は終わりますが、復古王政・第一帝政・第二帝政と3度も王政を出現させてしまうなど常に政情不安でした。これは現在の日本と似て、それぞれが自分の階級の利益しか考えていないために、もめにもめると最終的に力強いリーダーが出てきて、「決めるぜ!」となるからだと思います。

結果、普通選挙になったりならなかったりを繰り返す(既得権益層は普通選挙を嫌がる)という、面倒なプロセスを踏んでいきました。現在のフランスも半大統領制と呼ばれる、力強いリーダーを据えた未完成な民主主義です。

とはいえ、自らの手で権力に立ち向かい、人権宣言などをつくった点でやはり評価されるものなんだろうなあと思います。結果的に成功したとは言い難いですが。

この後、他国もイギリスやフランスの流れをくんで、市民革命にひた走っていきました。ドイツ、イタリア、アメリカ等々。

そろそろ本題の日本も出てきますが、その話はまた次回に!

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