表紙イラスト募集中!

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人間は何かをすると、必ず何かを失います。

一方で、何かをすれば、何かを得ます。

これが我々に宿命づけられた運命です。


と、何かおかしな書きだしをしましたが、最近こう考えることが多いです。

歴史をかえりみれば、人間はずっと交換で生きてきました。昔の経済は物々交換でした。「これをあげるから、それをちょうだい!」です。でもそれが面倒なので、だんだん貨幣経済に変化しました。「このお金をあげるから、それをちょうだい!」です。

今のは経済のお話ですが、さらに拡大すれば、すべての行為で「交換」が発生しています

例えば、今私はブログの記事を書いていますが、失うものは「体力」と「時間」です。まあ、体力は大したことはありませんが、時間は確実に消費しています。その代りに、皆さんにこの記事を見てもらうという「喜び」を得ています。「時間」と「喜び」の交換です。

さて、そんな交換ですが、行う際の一つの条件は、等価交換でないと納得いかないということです。
まあ、当たり前なんですが、
自分が失ったもの>得たもの=「損だ!」(プンプン)
自分が得たもの>失ったもの=「得だ!」(ニヤニヤ)

ですよね。

では、等価という場合の「価値」はどのように決まるのでしょう?

学術的には色々あるんでしょうが、私は「気持ち」だと思っています。
要は主観で価値が決まるということです。
金額は参考にはなりますが、実は金額の大小だけで人間は損得判断をしていません。これは社会心理学の実験で判明しています。

そもそも、なんでこんな話をしたかと言うと、生活していると、「チクショー、損しちまったぜ!」ということがありますよね。
私もこの前、日曜の夜(PM10:00頃)にコンビニのATMでお金を下ろそうと思ったら、偶然その日の夜は銀行のシステムメンテンナンスかなにかで下ろせませんでした。わざわざ遠回りしてコンビニに行ったので、「なんだよ~」という感じでした。要するに、「時間」と「体力」を失ったのに、得たものが無かったわけです。これは損です!

でも、本当に得たものは無かったのか?
後から考えれば、「日曜日の夜にお金を下ろそうと思ってはいけない」という教訓を得た、とすることが出来ます。こうすれば、あの時の「チクショー、損した!」というマイナスの気分が消えて、なんかプラスな感じがしてきます。

とまあ、こんな感じで、考えようによっては、私たちがしたすべての行為で私たちは必ず何かを得ていると言えるわけです。

屁理屈だと言われればそれまでですが、一回しかない人生なわけですし、出来るだけ楽しく過ごしたいじゃないですか。
だったら、コストのかからない発想の転換で楽しく過ごしませんか?

まあ、嫌なことがあったりしてすぐに、そういう切り替えをする必要はないと思いますが、「そのうちプラスに転化できる時がくる」と思えるだけでだいぶ楽ですよね。

そんな感じで、私は出来るだけ、楽しく過ごしていこうと思います!(謎の報告)

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