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連日のお堅い話題です。

最近はヘイトスピーチが話題になっていますよね。国連の機関からどうにかしろと言われてしまいましたし。

ヘイトスピーチにまつわる問題で最大のものは「表現の自由」です。

今日(昨日)は在特会(ヘイトスピーチ最大手団体)と大阪の橋下市長が面談してけんか別れになったみたいなニュースがありましたが、そこでも「表現の自由」を侵害するなみたいな応酬があったようです。

では、ここで言われている「表現の自由」っていったい何なんでしょう?

日本国憲法で保障されている表現の自由は以下の条文に依っています。
第21条
第1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。


あっさり(笑)
でも、これが非常に重要なものなのです。

では、この条文があるので、何を表現しても構わないのでしょうか?

この問題を考えるには歴史を知る必要があります。

元々、我々のような一般市民には表現の自由はありませんでした。ですが、ヨーロッパが市民革命の時代を迎えると、それまでの「絶対君主制」から「民主主義」への転換が図られます。我々が民主主義の原則に基づいて、政治的決定を行う時に必要なのは、
①情報
②その情報を解釈し、発信する

の2つです。
①情報はどこから仕入れるかと言えば、別の人が発信したもの(②)です。
ここにおいて、私たちがきちんとした政治的決定をするためには、意見を表明したり、情報を提供することが必要で、それが権力者にとって都合が悪い意見であっても制限されるのは困ることが分かります。
だからこそ、「表現の自由」が必要なのです。

また、憲法というのは、「国民が権力者に定めた基本ルール」です。
なので、日本国憲法第21条は、こう言いかえることが出来ます。
「国は、国民が権力者にとって都合の悪い集会をしたり、団体を作ったり、意見を表明したり、何かを出版したりする表現の自由を奪ってはいけないよ」

一方、憲法は私人間つまり、民間人同士の話については何も定めていません。もちろん憲法の原理は常識的にある程度適用されますが、厳密には法的な根拠にはなりません。
民間人同士の件については、「権力者が決めたルール」である法律が定めています。

ここで、話がヘイトスピーチに戻ります。
ヘイトスピーチというのは基本的に、ある特定集団に対する憎悪や暴力を扇動するものです。
この特定集団というのは権力者(政府や政党、国会等)ではありませんね。
つまり、私人間の問題です。

ここで私の個人的な結論が出ます。
確かに、常識的な範囲で表現の自由は私人間でも尊重されるべきだが、憲法に保障された表現の自由はヘイトスピーチを法的に擁護するものではあり得ない。

法規制については慎重に検討すべきだと思います。
というのも、ヘイトスピーチを具体的にどう定義するのかが難しいという点と、政治家が権力者批判の弾圧に使うかもしれないという疑念が払しょくできないからです。
しかし、外国では法規制が為されているので研究をするなどして、時間をかけて検討すべきだと思っています。

では、その間は?
とりあえず、「名誉棄損」や「脅迫罪」などを使って取り締まるのが一番ではないのか、と思います。現在の法解釈的に難しい面があるのかもしれませんが、国際的に問題にされている現状を考えると、そうも言ってられないのでは?と思います。

まあ、日本人であるとか、法的にどうこうとかそういうのを抜きに、私はそのような活動を人として賛同することは一切できませんけれども。

明日はもうちょっとソフトなお話がしたいですね(笑)
こんな読んでて暗くなるお話はあまりしたくないですしねw

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