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昨日、ノーベル平和賞の受賞者が発表されましたね。

今年は、パキスタンでイスラム武装組織に命を狙われながら女性の教育権について主張を続けているマララさんと児童労働に反対する世界的な運動をしているインドのカイラシュ・サティアルティさんに賞が授与されました。

今年の平和賞は特に注目された面がありました、なぜなら、「憲法9条を守ってきた日本国民」に賞が授与される可能性があったからです。

私はリベラルな政治思想ですし、9条はいいものだと思っている人間ですが、これに関しては少々複雑です。

ノーベル平和賞というのは、国家間の友愛関係の促進、常備軍の廃止・縮小、平和のための会議・促進に最も貢献した人物(Wikiより)に授与されるものですが、果たして我々日本国民はこの定義を満たしているのでしょうか?

確かに9条の存在により、日本は戦後国家の主権を行使して戦争を行わないでここまで来ていますし、公的には外国人を一人も殺していません。殺された例は残念ながらあるのですが。これは非常に名誉なことですし、誇りに思うべきことだと私は個人的に思っています。

しかし、9条はあくまで日本の軍備を否定し、交戦権を否認しているにすぎません。解釈上自衛権はあることになっていますが、はっきり言って文面を素直に読めば、自衛戦争を認めているとも読めません。交戦権を認めていませんからね。

つまるところ、憲法9条というのは憲法というものの性質もありますが、「日本が戦争をしてはならない」と定めたものであって、国際的な平和に寄与するものかと言えばそうではないと思います。間接的に寄与はしているかもしれませんけど。

戦後の歴史を見てみれば、むしろ日本はアメリカの支援という形で戦争に寄与していると言ってもいいでしょう。しかも、今度は解釈を変えるという不思議なやり方で、集団的自衛権まで行使可能になってしまいました。

こんなような国が、改憲されてはいないものの、9条を守っているという理由だけで平和賞を受け取っていいのかというと、私は疑問です。

もし、もらうのであれば、日本は9条を引っ提げて、世界中の紛争の場へ向かい、平和的解決を訴えたり、仲介役を買って出たり、国連で演説したりという積極的な平和への貢献が必要だと思います。いや、日本は9条という世界中で有名な条文を持っている以上、これをしなければいけないと思います。

日本人で戦争をしたがっている人なんてごく一部の層を除いていないはずです。
しかし、多くの護憲派は9条を守ることに固執し、守りさえしてればいいのだと勘違いしていませんか?日本は理想実現へ向かってもっと平和への貢献を積極的に行うべきなのではないでしょうか。
逆に改憲派の主張も分からなくはありませんが、彼らにビジョンはあるのでしょうか?世界がどうあるべきかという理想はあるのでしょうか。ただ、自分が信じる正義を振りかざし、勧善懲悪で悪い国をこらしめて、他人を理解せず、自分たちを守ろうとしかしていないのではないですか?

こういうことをこのニュースを見ながら考えました。
私は日本が世界で尊敬される国であって欲しいと思っています。
どうか、そういう方向へ日本が向かいますように……。

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