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8月15日といえば終戦の日ですね。

テレビ局ではこの時期戦争にまつわる番組をよく放送しますが(でも今年はちょっと大人しい?)、NHKでも当然やります。

で、この前NHKで討論番組をやっていました。
まあ、終わりのほうの30分弱しか見てないのでその程度のことと思ってもらえれば構わないのですが、あんな討論番組やる意味あるのかな?と思いました。

出演者の方の名前なんかは全然覚えていないんですが(鳥越さんだけは覚えてます)、議論が全然噛み合ってないんですよね。

何でだろ?と思って色々考えた結果、言葉の定義に問題があるのではないか、という結論に達しました。

問題となる言葉は「戦争」と「平和」です。
この種の問題を語る場合必ずと言っていいほど出てくる言葉ですが、この言葉の使い方がそもそもずれているのではないかと思いました。

どういうことか?
立場をどう呼称するかがちょっと難しいんですが、ここでは左派と右派ってことにしましょう。左派は本来共産主義者のことを言うのでずれてますけど、まあ対義語ということで。

ポイント1「戦争」
左派にとって:戦争=あらゆるすべての戦闘
右派にとって:戦争=侵略戦争


だいたいこうなるのではないかと思います。もちろん人によって様々な解釈があるでしょうけど、大きな傾向として見ればということです。

このズレは結構深刻です。
例えば、平和祈念行事で総理大臣が「二度と戦争をしないという決意を……」なんて言った場合、左派からすれば「日本は一切の戦闘を行わないという決意をしたんだ」ということになります。一方、右派は「日本は二度と侵略戦争はしないんだ」という風に思います。

このズレを修正しないまま話に突入すると、もうめちゃくちゃです。話になりません。

ポイント2「平和」
左派にとって:平和=お互いがお互いを尊重し、戦争の種が何も無い状態
右派にとって:平和=戦闘が起きていない状態


こちらのズレのほうがもっと深刻です。
左派は戦闘の種すら無い状態を目指します。実現出来るかどうかは関係ありません。イデオロギーなので。この立場から考えると、武力を持って何かをしようというのはちゃんちゃらおかしな話になります。だって武力を持ち込んだ時点で戦争(戦闘)の種をばらまきますからね。

に対して、右派はあくまで戦闘が無い状態を目指します。水面下で不満(戦闘の種)が溜まろうと、それを発芽させなければいいってことです。こちらのほうが現実的ですが、バランスが崩れれば種は発芽し見事に花開いてしまうわけです。

安倍首相の言う「積極的平和主義」やよく言われる「平和への貢献」なんていうのは基本後者の平和を指していると感じます。どうしたら戦闘の無い状態になるのかな?一番簡単で単純な方法は「抑止力」を持つことです。それは軍拡であったり、集団安全保障だったりするわけです。要するに不満が溜まっていようが、それを爆発させなければいい。そっちが動いたら、こっちもそれなりにやるぞ!という脅しをかけて戦闘を防ごうというわけです。

これもずれたまま話をすると、収拾がつきません。でも、ほとんどの場面でずれたまま話をしています。

で、ここまで読むと思うかもしれませんが、左派と右派は考え方が根本的に違います。
つまり、
左派「理想」(イデオロギー)VS右派「現実対処」(政策論)
です。

まあ、右派もイデオロギーをかかげることがありますが、それは現実対処の必要性から出てくる話です。

この前の討論番組は言葉の定義に加え、その根本であるここが食い違っているように感じました。
要するに片方はイデオロギー的発想で主張するわけですが、もう片方は現実対処的発想で主張してるわけです。
これじゃ議論の着地点が見えないのも当然です。

私も含め、日本人は議論というのがあまり得意ではありません。相手の主張を受け入れた上で「でもね」という主張の仕方をするのが苦手な人が多い印象があります。自分の言ったことが否定されるのが怖いというのが最もありますし、否定されるとむきになって反論するので、議論が喧嘩みたいになってしまう可能性があるからです。

そもそも「議論=みんなが納得する答えを導くこと」という合意すら無いのでは、と思えます。社会で行われる議論のほとんどは出来レースなんじゃないでしょうか。答えは実は決まっていて、それに裏付けを与えるために議論というイベントを行っているだけなのでは……?

この番組ではもちろん喧嘩にはなりませんでしたが、双方言いっぱなしで終了でした。
見てる方としては一体これで何を感じればいいのでしょう。
私なんかは私と逆の立場の人間の主張を腹立たしく聞くぐらいしかできませんでした。

こんな視聴者に何も有意義なものも与えない討論番組はやめてしまえ!って感じです。
(ディベート大会なら構いませんよw)

討論をするなら、視聴者が「なるほど。そこが落とし所かな」と思える答えを提供して欲しいです。
悲しいことに国会がまったくそういう機能を果たしていないのですから、テレビや新聞にその役目を果たしてほしいものです。
双方が言いっぱなしで視聴者がムカムカする番組なんて製作費の無駄じゃないでしょうか。
特にNHKさんは我々から受信料とってるんですから、ね。
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