今の社会は「答え」を求めているように思います。

私たちは、学校で、「答え」のある問題を大量に解かされてきました。しかも一人で、制限時間内に。

日本の学校教育の真髄は、効率的に「答え」を導くこと、です。

でも、「答え」を導く、ということは、はなから「答え」すなわち正解が用意されているということを意味します。

ところが、実際の社会で「答え」がある問題はどれだけあるんでしょうか。たぶんほとんどありません。

『「答え」っぽいもの』ならたくさんあります。多数の人が行うことです。ものによっては多数派にのっていたほうが効率的だし、変な争いにもならないので、構わないのでしょうが、全部この判断でいくとおかしな方向に行ってしまうこともあるでしょう。

就職活動でみられる「答え」っぽいもの。
紅白で桑田さんが歌った曲の解釈をめぐる「答え」っぽいもの。
友人関係でみられる「答え」っぽいもの。
将来を考えた時に出てくる「答え」っぽいもの。

自分にとってどうでもいいものならば、「答え」っぽいものにのるのもいいでしょう。

だけど、自分にとって大事なもの、譲れないものは、「答え」を探さなくてもいいのではないでしょうか。
だって、それは「答え」ではなく、『「答え」っぽいもの』なのですから。

私はこう思う。
それで十分ではないですか。
理由づけがなんであろうと、自分の感情は大事にすべきです。
それが人と違おうがなんだろうが、人を傷つけない限り、人にとやかく言われる筋合いはありません。

個人を大事にしない組織、社会は崩壊に向かいます。人間だって細胞を大事にしなければ死んでしまうでしょう。それと同じです。

答えの無い問題では、あえて答えを探さず、自分の感情や考えを大事にする。
それだけで、世の中、少し良くなると思うんですけどね。

追記
拍手コメントを下さった、夢の国列車さんへ。
コメントの返信を追記でしております!遅くなってしまい申し訳ないです……。

【拍手コメント返信】
ありがとうございます!
論文は慣れとかが必要ですからね~。
文章を書くのに慣れていない人だったりすると、結構大変ですよね。
私の大学では、字数が2万字だったので、「途方もないわ……」と思っていましたが、なんとかクリアしました(笑)
ではでは、今後ともよろしくお願いいたします。


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