上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2015.02.28 ブログ改造
しばらく、ブログの改造を実施したいと思います。

今まで別サイトに合った内容も統合したいと思っているので、しばらくわちゃわちゃするかな、と思います。

電子書籍うんぬんも含め、「好きなことをしていきたい人を応援する」というコンセプトでやっていきたいと思っています。まあ、今でもそういうのは書いているので、そんなに変わらないとは思いますけれども。

ではでは。

スポンサーサイト
昨日に引き続き旅行ネタです。

今まで、私が泊りがけの旅行に行くときは、なぜか、私が計画者になります。もうかれこれ4回目です。
まあ、計画をたてるのは好きなのでいいのですが。

そんな私が、今までの経験上でつかんだ「コツ」を書いてみたいと思います。

①行きたい場所を同行者に聞く

計画者は全権を持つわけですが、行く場所や希望をしっかりと同行者に聞いておくことが重要です。
もちろんすべてが実現できるわけではないでしょうが、独裁ではうまくいきません。
また、その際に、「どうしても行きたいところ」と「出来れば行きたいけど、行かなくても構わない」というようなランクをつけておいてもらうと調整が楽です。

②計画は細かくたてる

計画段階では時間も含め、しっかりと全体の構成を決めておくことをおすすめします。
どの電車に乗るとか、何時までいるとか。
ふんわりしたままだと、現地で困ります。

③現地では柔軟に対応する

時々(私はそういうことはしていないつもり)、計画通りにものが運ばないと怒る人がいますが、そういう人は一人旅のほうが向いています。
うまくいかせるには、現地では計画に必ずしもとらわれないようにすることが重要です。
「えっ!?」という感じかもしれませんが、そのための計画なのです。
例えば、「ここに長居したくなった」という場合に、計画をしっかりたてておけば、時間配分を把握できているので、計画変更がスムーズに進みます。また、①でランク付けしておいてもらうと書きましたが、これも計画変更では重要です。最初は行く予定だったけど、何かで行くのが難しくなったと言う場合には、ランクが低いものから切ることで、容易に計画を変更できるからです。
計画変更こそが旅行の楽しみではないでしょうか。

④観光地以外の希望も把握しておく

これは私も失敗経験があるのですが、旅行は観光地へ行くだけではなく、どこでご飯を食べるとか、どんな宿がいいか、など色々な要素が存在します。
計画を立てる際は、そういうニーズもきちんと把握しておく必要があります。そうしないと、トラブル等でそれをしないということになったときに揉めたりします。私も揉めましたよ(汗)
自分では大したことないことだから、切っていいと思っていても、同行者が楽しみにしていたりすると、面倒なのですね。
なので、事前にニーズは把握しておくべきですし、実際に出来るかよくわからないものの場合には「~の条件がそろわなければ、○○は出来ない」と言っておく必要もあるでしょう。

こんなところですかね。

旅行は非日常が醍醐味ですから、色々やってみるのもいいですよね。
こういう計画立ても、ある意味勉強になるところもありますからね。
(ゼミ合宿の幹事をやったときは大変でした……)

今回の旅行がうまくいくかは分かりませんが、上手くいくようにしたいと思います!

では~

前回、このシリーズで宿がとれないと騒いでいましたが、なんとかとれました。と言っても、カプセルホテルですけどね。

まあ、男2人ですし、大丈夫でしょう。

また、何となくの概要も決まってきましたよ~。

1日目
京都へ行く。ついでにJR線に出来るだけ乗る。

2日目
大阪・兵庫方面の私鉄に乗る。

3日目
京都内で観光

4日目
帰る

こんな感じですね。

最初はもっと電車に乗りまくるみたいな計画でしたが、私が駄々をこねて3日目を観光にしました。
あまりに味気なかったので……。

あと、2日目か3日目のどちらかで、オフ会をしようということになっております。ご飯食べて帰るという感じじゃないかと思いますが。

これ、書いておいてなんですけど、他の方に知らせる必要があるのかって記事ですね(汗)
ま、まあ、迷惑はかけてないですしね。大丈夫だよ、きっと。

では~。

民主主義という言葉は色々な人が使う言葉ですが、非常に難しい制度です。

イギリスのチャーチルは「民主主義は最悪の制度である。民主主義以外のすべての制度を除けば」と語っていて、民主主義は決してベストな政治制度ではない、あくまでベターな政治制度であるとしています。

現実、日本の民主主義や他国の民主主義を見ても、問題は山のようにあります。どうしたらいいのでしょう。

私は多数決型ではなくて、「利益調整型」政治を行っていく必要があると考えています。どういうことか、書いていきます。

私は基本的にリベラル派の人間ですので、個人を尊重するという考え方を持っています。なので、政府や国というのは、社会が分裂しない程度に個人間のバランスをとることに注力すべきだと思っています。となると、まずもって考えるべきは損害を被ってしまう人への対策です。まずは、彼らの意見を尊重する必要があります。彼らを無視すると社会が分裂してしまうからです。

しかし、そういう人の意見ばかり聞いていると、公共の利益が侵害されてしまい、それ以外の人が尊重されないという事態になります。ここで、初めて公共側の意見を聞きます。

それぞれの意見が出たところで、「落としどころ」を探します。いわゆる利益調整をするわけです。

こうすると、ほとんどの人がやや不満だが、なんとか納得できるという状況に理論上持っていくことができます。こうすれば事実上かなりの賛成をもってその政策が実行されるはずなのです。これが本来民主主義が持つ機能なのではないかと思います。これは結構保守的な考え方です。急激な変化は望まない。変えるにしてもゆっくりと。ですので。

では、これをどのように実際の政治に反映できるのか。

まずもって、政策ごとに国会議員を選出します。(1政策10人ぐらい?)
また、議員の人数は比例代表の原則に従います。
議決は原則として全会一致、ただし、同一法案を審議可能なのは1年間で、ラスト一か月は3分の2以上の議決で足るものとします。

誰を選出するかは選挙人を介します。選挙人は原則として合議で利益調整を行う国会議員を選びます。国会議員は選挙人に責任を負い、議員は選挙人の意思により政治的行為をしなければいけないとします。その意味で、選挙人もまた利益調整に責任を負います。

選挙人は国民が直接選出します。選挙人は事前に政策への賛否を表明している必要があります。実際の投票では選挙人そのものではなく、政策に対する賛否を記入するかたちとします。こっちのほうが今より簡単ですね。選挙人人数は賛否数に従い、比例代表の原則で配分され、誰が選挙人になるかは立候補者からくじ(もしくは互選)で決めます。

選挙で問われる政策は、任期満了前に国会議員の五分の一以上の推薦をもって決められるものとします。

流れとするとこんな感じになります。
1.国会で選挙で問う政策を決める
2.任期満了(解散は認めません)
3.選挙人立候補
4.投票(政策の賛否のみ)
5.選挙人数ならびに選挙人確定
6.選挙人による国会議員選挙
7.国会議員確定
8.審議開始
9.両立場からの意見陳述
10.反対討論
11.修正案作成
12.国会議員団の選挙人団への説明
13.国会議員団と選挙人団の討論
14.修正案への賛否決定
15.国会での採決(否決されたら9に戻る)
※すべての議事は原則公開

ちなみにこうすると、国会は一院制でいいことになります。また、首相の選出は国会では行えないので、いわゆる首相公選制にせざるを得ないかなと思います。いっそ、大統領制にしてしまえばいいとも思いますが、どうでしょうね。なお、選挙前には提出されなかったが、重要な問題が発生した場合には緊急政令(刑罰は不可)というかたちで首相(ないしはそれに準ずる人物)が公布できるものとして、次回の選挙で改めて問われるものとするというかたちにしてはいかがかと思います。

うーん、こういう政治体制を考えたりするの面白いですね(笑)
ま、実際やるには結構問題があったりすると思いますので、ファンタジーだと思ってもらえればいいのですが、色々柔軟に考えていかないといけない時期なのかな、とも思っています。
では~。

2015.02.23 ゆるほど主義
自分はいったいどういう風に生きていきたいのか。

元々、私は一生懸命とか、人に負けないとかそういう観点で行動をすることがほとんどありません。

幼稚園のとき、運動会でみんなが一生懸命走る中、私は優雅に走っていたそうです(笑)

受験のときも、もちろん頑張りましたが、それは「自分で納得できるか?」を軸にしたもので、あいつらには絶対負けないとか、この大学じゃなきゃ嫌だとかそういう思いが強かったからではありません。

要するに、私は「自分で納得できるか?」を大事に生きていく価値観の持ち主だったと言えるでしょう。

それが自然であるならば、それで生きていくのが一番良いだろうということになります。

タイトルの「ゆるほど主義」というのは、「ゆる~く、ほどほどに」の略です。

私がお世話になっている方の本の記述を用いれば、
「ゆる~く生活できる程度のほどほどのお金を持ち、ほどほどにゆる~く仕事をし、ゆる~く出来る自由時間をほどほどに持ち、ほどほどにゆる~く健康を維持し、ほどほどの人間関係をゆる~く維持する」
という感じになります。

ただ、この「ほどほどに」とか「ゆる~く」というのは主観(自分で納得できるか?)であって、外から見てそう見えるとは限りません。

本人的にはほどほどでゆるくやっていても、周りからすごい頑張っている人に映るかもしれません。逆もまたしかりです。

私は自分を相対的に、俯瞰で見るくせがあるので、周りと一致していない自分に苦しさがあります。周りはそれが仮に嫌なことであろうと、「やること」がばっちりあるのに対し、そうではなく常に中途半端な感情があるからです。でもだからといって、そちらに行く度胸も無いわけで、そうしたら、「ゆるほど主義を極めるしかないだろう!」という感じになりました。

うん。楽しく生きていきたいものです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。