どうしたことか、このクールもほとんどアニメを見ていません。

私は基本的に一つの方向に力を入れると、他方に力がいかなくなる傾向にありまして、今はレーベルとか「自分でつくる」方向にベクトルが言っているので、「受け入れる」方向にベクトルがいっていない感じのようです。

このクールで気になっているのは、「四月は君の嘘」ぐらいなので、どこかで集中的に見て感想を書くかもしれません。

私はものをコツコツやるのは得意じゃないな、と再認識しました。

「困ったものです」(CV:小野大輔)

レーベルのサイトが完成しました~。

最初は普通につくろうと思って書いていたんですが、どうにも面倒になって、結局、無料のHPサービスである「Wix」で作成しました。

広告が出てしまうのが傷ですが、スタイリッシュな仕上がりになるので、まあいいかなと。本当は独自ドメインとかでやったほうがいいんですけどね~。サイト作りとかはあまり好きではない(やってると面倒になってしまう)ので、このぐらいが自分らしいでしょう、たぶん。

それから、Withレーベルに協力していただけるイラストレーターさんも募集しております。
ライトノベルみたいに表紙に絵をつけたいという人のためにご協力いただける方がいると幸いです。
なお、現在のところは無償でお願いしたいと思っております。


サイトは以下です。興味ある方はぜひご覧くださいませ!私の夢の第一歩です!
With


2014.12.21 代金自由
久々のレーベル話です。

最近は、レーベルというか電子書籍化代行をするにあたって、いくらの金額が妥当なのだろう?とずっと考えおりました。

紙の自費出版の場合、かなりの額が必要です。色々手間がかかりますからね。

一方、電子書籍では一からぜ~んぶ自分でやればほとんど経費はかかりません。ただ、時間と気力を消費します(笑)

となると、あまり高すぎるのも問題です。そもそも、私には自主制作の世界を広げたいという目的が根底にはありますので、あまりお金は出せないのだよ……という人を排除してしまうと、この目的からズレてしまいます。

とはいえ、お金がいらないわけではありませんので(笑)、そこで悩んでおりました。

結果、当面の間、代金は自由にすることにしました!

要するに、お客さんのほうが「今回は○○円払います」ということで良いですよ~ということです。

インパクトもありますし、どうですかね?

まあ、さすがに1円とか言われても困っちゃうんで、工夫が必要かと思います(と言っても、今は口座振り込みでしか受け付けない予定なので、1円とかじゃあ代金より手数料のほうが高くなりますけど)。

名前(もちろん本名じゃなくても可)と支払い金額は公表するとか……。波紋を呼びそうですが、極端な低額になることを阻止する効き目はありそうです。

最終的には、平均額に落ち着いていくのかなあと思うので、ある程度落ち着いたら固定額に変えるのもありかなと思っています。

さて、今年中にはサイトを公開しないとなと思っていますので、色々お待ちくださいませ~。

STAP細胞問題が一通り決着しそうですね。これを見ながら、今の日本社会の縮図だなと思いました。

「敵は本能寺に在り!」とは織田信長を討った明智光秀が言ったとされる言葉ですが、今の日本社会は常に敵を探してる感じです。

誰か(最近はネットが多いですが)が、「敵は○○だ!」となると皆がそれに乗っかり、よってたかって叩きます。

でも、それでなにかが解決するのかと言えば、何も解決せず、また新たな敵を探すのです。

明智光秀も三日天下に終わりましたが、戦略なく叩いても、何にもならないことというのはよくあることです。

まあ、こう考えると、明智光秀は実に日本人らしかったのかもしれません。一時の感情で動き、戦略が甘いという点で。(光秀は批判ではないですけれど)

批判というのは、相手や物事をより良くするための手段の一つにすぎません。
例えば、私のようなガラスハートの人間に批判をすると、よくなるどころが割れてしまいます(笑)
ならば、別の手段を考えるべきなのです。はい。

とにもかくにも、誰かや何かを戦略や未来志向無しに感情で批判することでしか、自分を持てない人にはなりたくないものです……。

前回までは外国の話をしていましたが、今回は日本が登場してきます。

5.いいとこどり


イギリスやフランスの革命を経て、市民と呼ばれる人々は、自分たちにあれこれ指図してくる人(権力者)はいったい何をもって私たちに指図する権利を持っているのか、と問うようになります。

絶対王政の頃の考え方は、「王は神からその地位をたまわったのであるから、王は国民に指図する権利がある」というものでしたが、イギリスやフランスではこれを否定しました。「神からもらった地位だろうが、国民の意に反した行動は制限されるのである!」という考え方です。

この考え方を明文化したものが「憲法」と呼ばれるものを形作っていきました。(イギリスには明文化された憲法はありませんが)

つまり、「王といえども「憲法」に則り、政治を行わなければならない」ということです。

ところが、この考えを逆手に取った人々もいました。

代表的なのはドイツです。ドイツは当時、プロイセンという国が統治するドイツ帝国でした。宰相(日本で言えば首相)のビスマルクは、「皇帝が統治をするには「憲法」がいるのか…。なら、憲法に皇帝が統治するって書いちゃえばいいじゃん!」とひらめきました(本当にひらめたいかは知りませんけど)。

こうして出来たのが、「ビスマルク憲法(ドイツ帝国憲法、日本ではプロイセン憲法とも言います)」です。これは皇帝が強い力を持ち、国を統治するという内容です。イギリスやフランスの考え方とは真逆ですが、かたちとしては「憲法」に則っていますよね。

まさに、憲法のいいとこどりをしたわけです。今までは皇帝の権力の源泉は神でした。しかし、時代の流れと共に神で押し切るには無理が出てきたため、今度は「憲法」が権力の源泉となったのです。ここでは民主主義的な行動はあくまで皇帝の慈悲で行われているという認識でした。

そして、このビスマルク流の考え方を真似する国が現れます。そう、それが日本です。

日本の戦前の憲法、「大日本帝国憲法」はプロイセンの憲法を参考にしたと言われています。確かに「天皇」に権力が集中しています(ただし、実際にはそうでもありませんでした。天皇がその気になれば可能だったでしょうが)。

ドイツはその後、ドイツ革命がおこり、皇帝が退位し、共和制になりました。そこでヴァイマル憲法が制定され、英仏流の民主主義が確立しました。権力の源泉は「国民」にあり、それを具体化するシステムを明記したものが「憲法」であると変わったのです。

6.現代の憲法


しかし、ドイツも日本も第二次世界大戦で敗れ、大きな変革を迫られます。

ドイツは当時世界で最も民主的と言われたヴァイマル憲法を持ちながら、ヒトラーを指導者に選び、泥沼の戦争に突入していきました。

つまり、必ずしも民意は「正しい」ものを選ばないということです。これを民主主義の自殺と呼びます。これを変えるためにドイツ人たちは現在の憲法(正確には基本法)を制定しました。民意は基本的に尊重するが、体制を変えるようなことを言うとその意見はつぶすという「戦う民主主義」です。是非が議論されることはあれ、現在のドイツは安定した民主主義を行っています。

一方の日本は、GHQの占領のもと、新たな憲法を制定します。「日本国憲法」です。

しかし、これがドイツと大きな差を生みました。ドイツでは憲法を改正して、自らの手で戦後の国家を作り上げていくという作業を行いました。他方日本は、GHQの要求をのんで憲法をつくり、それを一度も改正していません。よく改正論者が言う「押し付け憲法論」です。

私は、日本国憲法の内容自体は優れたものであると考えています。しかし、日本人の憲法に対する向き合い方には問題があると思います。

イギリスもフランスも、ドイツも、またアメリカも、先進国ではそれぞれの国の国民が自らの考え方を反映し、憲法そしてその根底にある民主主義と向かいあってきたのです。とんでもない失敗も起こしつつ、「良くなる方へ」動いてきた歴史があります。

でも、日本は、戦前も戦後も、一度も国民は民主主義と向かいあってきませんでした。戦前の動きとして、「自由民権運動」や「大正デモクラシー」はありましたが、誰も憲法改正は唱えませんでした。民主主義として問題があるにも関わらず。戦後に至っては、もはや誰も考えていないのではと思います(唯一唱えているのは復古主義者ですかね)。これは日本が歴史上、一度も全国民的に参政権を求めたことが無い(エリート層が求めたことはありますが)ことに起因していると思います。

投票率の低下というのは先進国共通の課題です。しかし、それ以上に、政治ではなく民主主義への無関心が日本人には広まっているように思えます。民主主義とはどうあるべきなのかについての考えが浅すぎるのではないでしょうか。

今回の選挙結果がどう日本の今後を左右するかは分かりませんが、誰が政権を取ろうとも、日本人の民主主義への理解のレベルが上がらない限り、日本は今後何度でも同じ過ちを繰り返すのではないでしょうか。

だから、私は日本人には民主主義が向いていないのではないかと思うのです。いや、むしろ資格が無いのかもしれません。

大丈夫かな、日本……。